

組織概要
河口 眞理子理事メッセージ
大変革のただなかにあって、ビジネスの果たすべき役割とは

私は、大和証券グループのシンクタンク大和総研にて、90年代から企業に対して環境経営やCSR全般、投資家に社会的責任投資(SRI、現在のESG投資)を、2010年以降はそれに加えて生活者向けにエシカル消費を、伝え普及する仕事をしてきました。それを通じて持続可能な社会に転換するためには、企業・金融・生活者 3つの経済主体の三位一体の取組が不可欠という信条をもつに至りました。そして2020年からは食品素材メーカーの不二製油グループ本社のESG活動の支援と、立教大学社会人大学院にて三位一体のサステナビリティ総論について教鞭をとっています。
振り返れば私のキャリア人生の大半を占める、世紀を跨いだ30年弱は、社会システム・価値観の転換期でもありました。20世紀後半の欧米型経済成長時代は、ノーベル経済学者M.フリードマンの’The Business of business is business’(企業の仕事は金を稼ぐことである)がビジネスの常識であり、社会貢献や環境対応などはオマケ・不要であるとされました。物質的経済成長・利益拡大追求により世界の人口は20世紀の初頭推計15億人超から世紀の終わりには60億人と4倍増を記録。その勢いは衰えず2022年には80億人を超え、地球環境に大きなインパクトをもたらしています(※1)。地質年代では現在は「完新世」から人類の影響が確認される「人新世」に入ったとされています(※2)。後世から現在を見ると人類が地上で繁栄した証となることでしょう。
しかし、この人類の発展は、地球環境破壊と経済的格差という大きな代償(外部不経済)を伴っていることも経済発展とともに明らかになってきました。そして現在、フリードマン流ビジネスの在り方と大きな代償を伴う外部不経済を放置する市場至上主義の資本主義には大きな転換が求められるようになりました。
このような観点に立つと、前千年紀の変わり目の2000年に国連グローバル・コンパクトが発足したことには歴史的必然を感じます。それまで、環境や人権などの社会課題解決は国連をはじめとした国際機関と各国政府など公共部門の管轄とされてきました。しかし、当時のコフィ・アナン事務総長は、日を追って深刻化する地球規模課題解決に立ち向かうためにビジネスセクターの参画が不可欠、という信念のもと経営者に協力を呼びかけました。彼らが賛同した結果が国連グローバル・コンパクトであり、それは市場至上主義の資本主義の転換をもめざす野心的な企てといえます。国連グローバル・コンパクトの10原則が示す理念は、発足から四半世紀弱が過ぎた現在でも21世紀にふさわしい新たな資本主義の価値観を示しており、世界1万6千以上に増加した署名企業は、新しい資本主義への転換のエンジンです。
私のサステナビリティ情報発信のキャリアにおいて、2003年に発足したグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(以下、GCNJ)は、日本の黎明期のCSR、SRIの進化と経営への主流化にむけた信頼できるパートナーでした。2003年はくしくも日本のCSR元年といわれますが、当時の経済では「CSR活動と企業利益は相反する」「SRIは儲からない」が常識でした。それから2015年のパリ協定、SDGs発足を経て2024年現在、企業はそのパーパスが問われ会課題解決を経営に取り組む企業が増え、ESG情報開示の義務化も視野に入り、日本のESG投資残高は537兆円(※3)と日本の実質GDP559兆円に迫るレベルまで拡大しています。GCNJの会員団体も600団体となりました。20年前には想像できなかった大変化を目の当たりにしています。
しかし手放しで喜ぶことはできません。アナン事務総長が解決を目指した地球規模課題は、約四半世紀が経過した現在、改善するどころか深刻度を増しています。アントニオ・グテーレス事務総長はこの3月「私たちの世界は、荒れ狂う波の中にあります。紛争が激化し、不平等がはびこり、汚染や生物多様性の喪失が蔓延しています。また、人類が化石燃料を燃やし続ける中で、気候危機は凄まじい勢いで加速しており、平和を一層脅かしています(※4)。」と危機感をあらわにしています。企業経営者や投資家の意識が変わりつつあるのに、この危機的な状況はどうしたことでしょう。
四半世紀以上この問題に取り組んでいた立場からすると、経営者や投資家の意識には大きな変化が見られ始めたが、それに比べ生活者の意識はまだ遅れておりサステナビリティは人々の生活は浸透していない、すなわち社会全体の価値観の転換が進んでいないと感じます。そして積極化したとはいえ政府の政策も企業の取り組みも、社会課題悪化の速度と程度と比較して、too little too slowなのです。
こうした状況下で、署名企業、署名団体にお願いしたいことを以下に記しました。
署名企業が増え、サステナビリティ担当部署と経営層の理解が進んでいるとはいえ、現場の社員の理解度にはギャップがあります。社会課題の理解と企業のサステナビリティ戦略についての浸透をはかり、現場も一体となりサステナビリティ経営を実践する企業風土を醸成していただきたいです。
そして活動の際に心掛けていただきたいのは、事業が直面する社会課題に正面から取り組むことです。不二製油グループは、パーム油、カカオ、大豆というサステナビリティの課題をかかえる農産物を主原料としています。だからこそ、サステナブルなサプライチェーンの構築に早い段階から取り組み、日本で初めてグリーバンスメカニズムも導入しました(※5)。課題を抱える事業も、世の中で役に立つからこそ成り立っているわけです。であれば、負の部分を隠すのではなく、それをパートナーやステークホルダーと一緒に極小化する努力を重ねる。
更に、GCNJだからこそ期待したいのは、日本古来の智慧をビジネスに積極的に活用することです。江戸時代の日本は黒船(石炭を動力としていた!)の来襲まで、化石燃料に頼ることなく、ほぼ狭い島国の資源だけで世界に誇る日本文化を作り上げてきました。ここにはこれからの脱炭素社会・サーキュラーエコノミーに求められる技術、ノウハウ、ライフスタイルへのヒントがあるはずです。明治以降脱亜入欧で顧みなかったご先祖様の和の智慧を再発掘して、持続可能な社会づくりに活用していただきたい。参考までに、写真は今年の3月東京で開催した国連グローバル・コンパクトのカントリー・ネットワークの年次総会(ALNF)に撮ったものです。外国のお客様をお迎えする際、和服は大変喜ばれます。因みに帯は実家から発掘した戦前のものですがまったく古びていないです。伊勢神宮の式年遷宮にみられる常若という考え方も日本独自です。これは永遠を目指すために堅牢な建物を石で造るかわりに、式年遷宮では朽ちやすい素木と萱の神殿を定期的に壊して再生し永遠を保つという考えです(※6)。こうした西洋思想とは全く違う和の発想から新たな技術やイノベーションが生まれるのではないでしょうか。
そして、一社だけで解決が難しいことは、GCNJを活用し、会員同士の他業種、同業他社またNGOやアカデミアなどとの適切なパートナーシップを積極的にすすめてください。
最後に一人一人が生活者の視点を大事にすることです。企業やNGOで働く人も団体に属している前に、一人の生活者です。この生活者として、親として子として、地域の一員としての直感や価値観を大事にしてください。一人一人がいかに幸せに暮らせるか。そのために何が一番必要なことなのか。それこそが持続可能な社会づくりの基礎になると信じています。
※1 表1-8 世界人口の推移と推計:紀元前~2050年 (ipss.go.jp)別ウィンドウで開く別ウィンドウで開く、UNFPA Tokyo | 資料・統計別ウィンドウで開く別ウィンドウで開く
※3 JSIF調査2023結果リリース速報.pdf (japansif.com)(PDF)別ウィンドウで開く別ウィンドウで開く
※4 世界水の日(3月22日)に寄せるアントニオ・グテーレス国連事務総長メッセージ | 国連広報センター (unic.or.jp)別ウィンドウで開く別ウィンドウで開く
※5 「グリーバンスメカニズム(苦情処理メカニズム)」構築のお知らせ|ニュースリリース|不二製油グループ本社株式会社 (fujioilholdings.com)別ウィンドウで開く別ウィンドウで開く
※6 伊勢神宮の式年遷宮「常若」から学ぶ和のサステナビリティ<訂正版> 2016年06月24日 | 大和総研 | 河口 眞理子 (dir.co.jp)別ウィンドウで開く別ウィンドウで開く
グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン 理事
不二製油グループ本社ESGアドバイザー
立教大学社会デザイン研究科 特任教授
河口 眞理子
(2024年4月)