

ライブラリー
(仮訳)
原則1 企業は、国際的に宣言されている人権の保護を支持、尊重すべきである
企業にとってなぜ人権が重要なのか
人権に関する責任は主として政府にありますが、個人や組織もまた人権の支持と尊重に重要な役割を担っています。ビジネス界には人権を尊重する責任、すなわち、人権を侵害しない責任があります。業務環境や企業活動、様々な関係は企業が人権に悪影響を与えるリスクをもたらすことがありますが、同時に自社の事業を発展させながら人権の享受を支持・促進する機会をも提供しています。
法の支配の促進
人権が尊重される社会はより安定しており、ビジネス環境にも優れています。国外に進出するか本国で活動するかにかかわらず、企業は人権擁護への取り組みが不十分な国々においては、特にそのコアビジネスと戦略的に関連する方法で人権基準を促進し、その向上に資することができます。
消費者の懸念に対する取り組み
グローバルな情報にアクセスできるということは、消費者はその商品がどこから来て、どのような状態のもとで生産されたかについて知る機会が増えることを意味します。
バリューチェーン・マネジメント
グローバルな調達と流通は、企業が川上、川下双方の潜在的な人権問題について認識する必要があるということを意味します。
労働者の生産性の向上とその維持
労働者に尊厳を持って待遇し、労働に対して公平かつ公正な報酬を与えれば、生産性が増し、使用者に対する誠実性が一層高まる傾向があります。また、就職活動の際に企業の社会、環境、ガバナンス面での実績を考慮する新人社員が多くなっています。
コミュニティとの良い関係の構築
グローバルに事業を展開する企業は、コミュニケーション技術の進歩によって全世界の幅広い消費者にとって目に見える存在となりました。人権問題に積極的に取り組めば、現地レベルや地域社会レベルではもちろん、企業が事業を展開するグローバル社会全体においてもその恩恵を得ることができます。
人権の尊重
人権の尊重は、国連グローバル・コンパクトの原則1に盛り込まれています。国際連合人権理事会が2008年に採択した「国連保護・尊重・救済枠組み(UN Protect, Respect, Remedy Framework)」では、その第2の柱として、企業はいかなる場所でも人権を尊重する責任があることを謳っています。権利の尊重が本質的に意味するところは、他者の権利を侵害しないこと、すなわち、他者が人権を享受することに悪い影響を与えないということです。事務総長特別代表が策定したこの枠組みと国連グローバル・コンパクトとの関連性については、企業と人権に関する事務総長特別代表(SRSG)のウェブページ(英語)をご覧ください。また日本語につきましては、ジョン・ラギー「ビジネスと人権に関する指導原則(Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations “Protect, Respect and Remedy” Framework)」(日本語)をご参照ください。
企業は事実上、良くも悪くもあらゆる人権に影響を与える可能性があります。したがって、企業はあらゆる権利に対する自社の潜在的な影響力を考慮するべきです。しかし、すでに起こっている、もしくはこれから起こる可能性のある影響の中には、特別な配慮を要するものがあります。例えばその影響が極めて深刻であったり、自社と人権侵害の間に強い関連性が存在したりする場合などがこれに当たります。
人権の内容に関しては、企業は少なくとも国際人権章典と国際労働機関(ILO)中核条約を参照しなくてはなりません。「人権の解説(Human Rights Translated)(PDF)」(英語)には、国際的に宣言された主な人権を企業の観点から吟味し、企業がどのように人権を侵害して窮地に陥ったのか、また逆にどのように人権の享受を支持してきたのかに関する実用的な事例が紹介されています。また、特定の環境や状況の変化によって特に配慮するべき権利が異なるため、定期的に幅広く再検証を行うことが必要です。
企業は、進出した国で適用される法原則に沿って事業運営を確保しなければなりませんが、その国の国内法が国際基準を満たしていない場合は国際基準の方を遵守し、人権侵害をしないよう努めなくてはなりません。ただし、国内法が国際基準に真っ向から反するという稀な状況では、国内法を違反することが期待されるわけではありません。とはいえ、他の方法で国際人権基準の精神を支持することは可能でしょう。
重要なのは、企業の人権尊重責任が国家の人権保障義務とは別に存在する点です。これは、その国のガバナンスが脆弱であっても、比較的安定した状況であっても、企業には人権を尊重する義務があることを意味しています。特にガバナンスが脆弱な場合は人権侵害のおそれが高まる可能性があります。どうすれば紛争に配慮しながらビジネスを実践できるか については、「紛争被害・ハイリスク地域における社会的責任のあるビジネスに関する指針書:企業・投資家向け資料(Guidance on Responsible Business in Conflict-Affected & High-Risk Areas: A Resource for Companies & Investors)(PDF)」(英語)をご参照ください。※1
人権の尊重責任は、常に期待されている基本的な事柄です。つまり、企業がある事業で人権侵害を行っている場合においては、フィランソロピー活動や他の分野で人権の支持をしたり環境保護の優れた実績を残したりしていても、それを埋め合わせることはできません。
※1 紛争に配慮したビジネス: 紛争の原因あるいは促進要因とならないように平和配慮をするというアプローチ
責任範囲の判定
自社の責任範囲、つまり自社の事業運営が人権に潜在的に悪影響を及ぼすリスクを判定する際には、企業は一連の3つの観点を考慮するべきです。
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第1の観点:企業は進出する国や地方の情勢を検討し、事業によって生じかねない人権課題があるかどうかを確認しなくてはなりません。こういった情報は、NGOや政府、国際労働組合、国際機関から入手できるほか、デンマーク人権研究所(英語)の「カントリーリスクアセスメント(Country Risk Assessment)」や、メイプルクロフト(英語)の「人権リスクマップ」(英語)など、この種のリスクをより企業にとってわかりやすい形で状況別にまとめているサービスもよいでしょう*。特に、国内法の水準が国際基準にはるかに及ばないことが広く知られ、かつ法執行も不十分なおそれのある国の社会状況については十分に注意を払わねばなりません。
*各種ガイダンス資料は、国連グローバル・コンパクトの人権に関するツールとガイダンスのページ(英語)からもご覧になれます。 - 第2の観点:企業と事業が現実的に、もしくは潜在的に持ちうる人権への影響について検討しなければなりません―例えば生産者として、サービス提供者として、雇用創出者として、地域の隣人としてなど―。企業はどのような方針や慣行が人権侵害にあたるかどうかを吟味し、現地に見合う形に適合させることでその地域における人権侵害を防がなくてはなりません。直接的な影響を及ぼす活動の例としては、生産工程そのものや、企業が提供する製品やサービス、労働・雇用慣行、人員と資産の安全確保、ロビー活動などの政治活動があげられます。
- 第3の観点:企業は、政府、ビジネスパートナー、サプライヤー、そのほか非政府系のアクターとの関係性を分析し、人権侵害に関与してしまうリスクがないかどうかを検討しなくてはなりません。財やサービスの提供や契約はもとより、機材や車両の貸し借りといったビジネス以外の活動についても特に注意を払わねばなりません。また、ビジネスパートナーとなる事業体の経歴を調査し、彼らとの取引を通じて人権侵害の助長や加担をするおそれがないかどうかも検証しなくてはなりません。
デューディリジェンス
企業は、自社が人権尊重の責任を果たしていることを確保・実証する(把握し、見せる)ため、デューディリジェンスを実施しなくてはなりません。人権デューディリジェンスとは、人権への悪影響を特定、防止、緩和するために実施される継続的なプロセスを指します。企業はデューディリジェンスを実施することでコンプライアンスを確保できるだけでなく、人権侵害のリスクの特定、防止、緩和についてきちんと管理をすることができます。このプロセスでは、ツールやガイダンス資料が強い味方です。多くの企業の場合、金融とそれに関連するリスク検証と管理のなかに、この種のプロセスがすでに組み込まれているケースが多く見られます。
国連グローバル・コンパクトの人権に関するツールとガイダンスのページ(英語)には、国連公用6カ国語で「人権管理枠組み(A Human Rights Management Framework)(PDF)」(英語)のポスターが掲示されており、人権に対する包括的な管理アプローチの諸要素を提示しています。
特に重要な要素は下記のとおりです。
- 方針声明(単独でも何らかの規定に統合されていてもよい):人権尊重の責任を果たすことの公約として、企業は方針声明を採択し、取締役会または同等の機関による承認を得なくてはなりません。この方針声明は、単独の文書であっても全社的なサステナビリティ方針や行動規範に統合されていてもどちらでも構いません。人権の尊重というと広く美辞麗句が使用されることもありますが、こうしたコミットメントに実質的な意味を持たせるためには、具体的な機能分野における詳細なガイダンスを設けることが必要です。また、その方針は組織内の人々、または組織に深く関わる人々にとって有意義な指針でなくてはなりません。方針を策定することは人権トピックに関する重要なステークホルダーエンゲージメントの機会となりえますが、これは策定そのものと同じく重要なことです。
- 人権に与える影響の検証:企業が関わる人権問題の多くは、自社の置かれている業務背景に存在する事業活動と諸関係との潜在的な関連性を考慮しないために発生します。企業は、既に行っている活動と計画中の活動が人権にどう影響しうるかを理解するため、事前策を講じなくてはなりません。こうした調査の対象範囲は業種、企業の規模、国レベルや地方レベルの社会状況によって変わりますが、いずれにせよリスク水準に見合ったものでなくてはなりません。企業は明らかになった情報に基づいて人権への潜在的な悪影響を見出し、それを回避するための計画を継続的に洗練していかなくてはなりません。
- 人権方針の全社的な統合:人権方針を全社的に統合(展開)することは、人権尊重における最大の課題かもしれません。もし人権に対する認識と重要性が企業の経営実践に取り込まれていなければ、整合性を欠いたり矛盾した行動をとったりするおそれがあります。例えば、製品開発者が人権に対する意味合いを考慮していない、営業チームや調達チームが特定の当事者と関係を持つことのリスクを認識していない、企業のロビー活動が人権尊重のコミットメントと矛盾しているといったことが発生するでしょう。企業内の一貫性を確保するための研修や、予期せぬ事態が生じた場合の対応能力の確保のように、トップによるリーダーシップは全社に人権尊重を徹底するうえで欠かすことができません。
- 実績の調査と報告:モニタリングと監査のプロセスを取り入れることで、企業は最新の動向を調査することができます。そのための手順は、業種はもちろん、同じ企業内の部署の間でも異なる可能性がありますが、人権に対する影響やパフォーマンスを定期的に審査することは極めて重要なことです。モニタリングを実施することによって従業員の間に適切なインセンティブとディスインセンティブが生まれ、継続的な改善を確保し、プライオリティ付けとアプローチに関して必要に応じた調整を行うために必要となる情報がもたらされます。また、ホットラインの設置のように内密に違反行為を報告できる手段の導入によっても、有用なフィードバックを得ることができます。報告は、対外的にも対内的にも変革のための原動力となります。対外的には、ステークホルダーが持つ企業のイメージを形成するだけでなく信頼の構築にも役立つこと、対内的には、企業の決断と成果に良い影響を与えることで発展をもたらす要因となることが、ますます広く認識されるようになってきています。国連グローバル・コンパクト署名企業は、毎年の取り組みの進捗状況を伝えること(COPの提出)が求められています。
デューディリジェンスのもう一つの重要な要素としては、従業員や取引先、地域社会などが、懸念を表明し検討を要求できるような全社レベルでの実効的な苦情処理メカニズムを導入することが挙げられます。これによって企業は影響を及ぼすリスクを特定し、紛争の激化を回避することに役立つでしょう。
人権の支持
実際に、人権の尊重と支持は、それを可能にし、確保するためにとられる経営手順という面で、多くの場合密接に関連し合っています。例えば人権に関する企業方針では、特に事業と戦略的に関連性の高い権利の支持を積極的にコミットすることが多くあるほか、背景や活動、関係性の分析を行うことによって人権促進の機会を醸成し、またそれによって人権侵害のリスクにも対処することができるようになります。さらに、自社のレポートで人権促進に対する積極的な貢献について報告を行う企業も多くなっています。
人権を支持するためには、人権の促進と発展に対する積極的な貢献が必要となります。一般的に、社会的に責任のある組織は特にコアビジネスと関連づけながら自らの影響の及ぶ範囲内における人権の促進を支持できる幅広い能力を備えており、その意欲も有しているケースが多く見られます。人権の支持に対するビジネスケースは、人権の尊重に対するビジネスケースと同様に強力なものとなり得ます。また、ステークホルダーからの期待も高まっており、組織は然るべき立場に置かれた場合には人権を実現するために積極的に貢献する能力と義務があると信じられるところまで、この期待は広がっています。
企業は少なくとも4つの方法で人権を支持もしくは促進することができます。
- 国連の目標や課題を支持するコアビジネス活動
- 戦略的な社会投資とフィランソロピー
- アドボカシーと公共政策への関与
- パートナーシップと協同活動(コレクティブアクション)
上記4項目の内容については、国連グローバル・コンパクト署名企業が2010年6月のリーダーズ・サミットで採択した「企業のサステナビリティ・リーダーシップに向けたブループリント(Blueprint for Corporate Sustainability Leadership)」(英語)で詳述されています。ブループリントは、企業がサステナビリティにおけるリーダーとなるために、すべてのアクターとの協力を通じて、社会への悪影響を回避するだけでなくむしろ積極的な貢献を行い、特に事業を通じて喫緊の課題から慢性的な課題に至るまでその克服に向けて自らの役割を果たさなければならないことを明確に示しています。
企業が日常の活動を通じて人権を支持・尊重している例としては、下記が挙げられます。
職場において
- 安全かつ健全な労働条件を提供する。
- 結社の自由を保障する。
- 人事慣行における差別禁止を徹底する。
- 直接、間接を問わず、強制労働または児童労働の不使用を徹底する。
- 基本的な保健、教育、住宅が他の機関によって提供されていない場合、代わって労働者とその家族へアクセスを提供する。
- 家庭内暴力の被害者を対象に雇用優遇措置を導入する。
コミュニティにおいて
- 個人、集団またはコミュニティの強制的な移住を防止する。
- 地域社会の経済生活の保護を図る。
- 公共の議論に参加する。企業は進出先の政府のあらゆるレベルで互いに影響し合うため、事業、従業員、顧客、そして自社が属するコミュニティに影響を及ぼす問題について、自身の見解を表明する権利と責任がある。
- 価格の差異化と小型の製品パッケージを導入し、貧困層がそれまで手の届かなかった財やサービスにアクセスできる新規市場を創出する。
- 女児の教育機会を醸成してそのエンパワーメントを図るとともに、企業が将来的により幅広く優れた労働力を活用できるようにする。
- 恐らく最も重要な点として挙げられることは、とりわけ貧困層や社会的弱者にディーセントワークの提供や生活向上のための良質な財やサービスの創出をしながら成功を収めたビジネスは、人権を含む持続可能な開発に重要な貢献をするということである。
もし企業が自らの事業を守るためにセキュリティサービスを利用する場合は、武力行使に関する既存の国際的なガイドラインや基準の遵守を確保しなければなりません。
人権への取り組み
企業にとって、人権というテーマは経営者、従業員、社外の人々と話しにくい話題となることがあります。しかし、人権とは何か、企業とはどのような関係があるのか、企業は現実的に人権問題にどのように取り組むことができるのかに関する理解を深めてゆくことで、人権尊重のための行動を起こす手助けとなります。
一部の企業は、人権を支持する機会と人権侵害のリスクを調査することで、経営者や従業員がリスクに取り組む意欲を持つきっかけになると認識しています。また、優れた人事方針・実践の導入、職場における差別禁止とダイバーシティ促進に関する方針の実践、顧客と労働者のプライバシー尊重、貧困層が必需品を手にしやすくするための努力、効果的な労働衛生・職場安全に関する方針と実践の導入など、自社が人権の尊重と支持のためにすでに行っていることを見極めることも、有益なアプローチであると認識している企業もあります。このやり方は、人権の尊重を初歩的なレベルからスタートする必要がないことを示すことで、人権に対する偏見を取り除く助けとなります。しかも、人権は既存の事業プロセスや業務手順に統合させることができるため、まったく新たなマネジメントシステムを導入する必要もありません。なかには、経営者と従業員との間でリスクと機会に関する意見交換を行うための適切な入口やコミュニケーションを期待するうえで、人権に取り組む行動が有用であると考える企業もあります。また、「尊重」、「尊厳」、「公正」、「平等」などのなじみの深い概念や、経営者と従業員が実際に直面するかもしれない具体的なケースについて論じることで、議論が始めやすくなるということもあるかもしれません。
ツールやリソースを含む国連グローバル・コンパクトの人権原則を実践する方法についてさらに詳しく知りたい方は人権問題のページ(英語)をご覧ください。
(最終更新:2010年1月10日)